先生へ

 先生の研究室に入ってから、何の因果か、まさか自分が卒業する前に研究室のスタッフが全員入れ替わるとは夢にも思っていませんでした。さらに最後にこういう展開が待っていようとは本当に予想すら出来るはずもなく…
 先生ほど才能に恵まれた方が、「本業」以外の仕事に忙殺されている姿を見ているのが辛くて仕方ありませんでした。どうしてこんなに不条理なのかと、世の中の仕組みを恨んだこともありました。もう少し、近くで先生の背中を見て、もっといろいろ化学の話をしたかった。でも、そんな先生だからこそあれだけ多くの人に必要とされているのだと、少し分かってきた気がします。
 
 おそらく、先生のように広く科学の素晴らしさや様々な研究の本質をよく理解され、誠実で偉ぶらない、研究者としてもひとりの人間としてもこれだけ魅力の溢れる方はそうそうおられないのではないかと思います。(そんな先生も勿論人間ですから、たまには理不尽なことや無理をおっしゃることもありました。ただ先生を嫌ったり恨んだりなんていう感情は一度も抱いたことはありません。)ずっとそんな先生の下に守られて育ってきた私は、これから自分を待ち受けているであろう世間の荒波の中で本当にやっていけるのか、全く自信がありません。もうすぐ決まるであろう新しい先生に尊敬の念を持って接することが出来るか、不安で一杯です。
 
 ただ、これだけ変化の激しい時期に先生に師事できたことで、稀有な経験を沢山させて頂くことができました。それに、様々な人との出会いにも恵まれました。特に先生が研究室を去られてから、多くの人との出会いに恵まれた自分はある意味でとても幸せなのだ、と日々実感させられます。(そして、その多くの出会いは、「コネ」とか政治にまみれたようなものではなく、先生の幅広い研究に対する理解と温かいお人柄によってもたらされたものであることは間違いありません。)これからも、多くの人との繋がりを大切に、そして研究だけでなく人生の糧としていきたいと思っています。大袈裟かもしれませんが、それほど有り難いと思うのです。
 
 以前にも増してお忙しい毎日を過ごされているようですが、くれぐれもお体をお大事になさって下さい。それだけが気がかりです。
 長い間本当にお疲れ様でした。
 
(もちろん、今生の別れとかそういう訳ではないんだけど、節目の記録として。)